橋本敬三氏 医師であり操体法の創始者

橋本医師

橋本 敬三(はしもと けいぞう、1897年 - 1993年1月)は仙台を拠点として活躍した医師。
東北帝国大学神経生理学研究室などで研究。のち仙台市にて外科医として開業。

晩年は医院を息子にまかせ、医院の裏に治療院・温古堂(おんこどう)を開き、自ら考案した整体法である操体法を人々に施した。

(当時はタバコが当たり前でしたのでゆるしてあげてください)

平成5年96歳で永眠。

その操体法は、現在に到るまで全国の治療家や一般人に広がり、根強いファンやサポーターも多い。
また整体師やカイロプラクター、鍼灸師、柔整師のみならず医師歯科医師などで操体法を学術研究したり、治療に取り入れる人も多い。


効果の高い整体術である操体法を創始した橋本敬三医師

橋本敬三医師 略歴

・1897年(明治30年) 福島市にて生。

・1921年(大正10年) 新潟医専卒。

・1923年(大正12年) 東北帝大医学部・藤田敏彦教授の許に入室 生理学を専攻。

・1926年(大正15年) 函館市の民間病院に赴任。4ヶ月目で同院閉鎖のため失業。

・1927年(昭和 2年)  函館市の学校衛生技官となり、屋内運動場の防塵法を開発

・1929年(昭和 4年)  函館市にて友人が開設した社団法人病院 (慈敬院)を手伝うため学校衛生技官をやめて協力。外科部門を担当。
この頃より、指圧、整骨、鍼灸、様々な民間療法をあさりだし、正体術と出会う。

・1933年(昭和 8年) 独立して函館市中央部に橋本敬三 診療所を開設。漢方を併用しながら全科で開業。
この頃、毛鍼の名人と出会い、教えを乞う。

・1937年(昭和12年) かねてから研究してきた正体の歪みとその矯正の問題に確信を得たため、その構想をまとめ始める。
              
・1940年(昭和15年) 応召より帰還。函館の診療所を再開。

・1941年(昭和16年) 仙台に引揚げ、温古堂を開業。

・1949年(昭和24年) 仙台の赤門学志院東北高等鍼灸整復学校で講座を設ける。

・1965年(昭和40年) 国分壮との共著 「鍼灸による即効療法 (医歯薬出版)」を出版。

・1967年(昭和42年) この年、身体均整法の創始者、亀井 進と邂逅。運動系の研究は相変わらず続く。
現在でも足趾の操法として伝わる、足心道なども愛用。
研究は深まり、セリエのストレス学など生体の自然法則との関係にまでその理論を発展せしめる。

・1976年(昭和51年) NHK ドキュメント 「温古堂診療室」 が放映される。
以後操体法に関する著書が次々と出版される。

・1993年(平成5年)  1月22日、老衰のため他界。享年96歳。



橋本敬三医師の著書

橋本敬三医師には、次のような編・著書がある。

主な編・著書
『万病を治せる妙療法』農山漁村文化協会

『からだの設計にミスはない・操体の原理』柏樹社 (2005年現在:たにぐち書店より復刻版出版)

『論想集・生体の歪みを正す』 創元社 分厚い本

操体法写真解説集

・『操体法写真解説集』橋本 敬三監修・川上 吉昭編、柏樹社 (2005年現在:たにぐち書店より復刻版出版)
この本を当サイトで紹介後、品薄になっています。アマゾン書店以外の古書もあるようですので、ご利用ください。ネットでも検索できます。
この本の古書は、日本の古本屋 で検索して下さい。
操体法写真解説集 と入れると、川上吉昭、柏樹社 でヒットします。(橋本敬三はなぜか省略されています)

『写真・図解 操体法の実際』橋本 敬三監修・茂貫 雅嵩編著、農山漁村文化協会

『誰にもわかる操体法の医学』農山漁村文化協会



古書をインターネットで見つける方法

一般に古書や絶版本を入手するのには次の方法があります。

(1)
古書検索の
日本の古本屋

スーパー源氏
で、
検索語を入れる。

(2)
ヤフーオークションで見つける
ヤフオク のページの一番上のメニュー  オプション/設定 に行き、オークションアラート でアラートを新規登録する

(3)
鍼灸学校に行っている友人に図書館で借りてもらう


操体法の由来と橋本敬三、高橋迪雄

整形外科の開業医であった橋本敬三博士は、自らのところに来診した患者のその後の流れを調べるうちに、鍼灸や整体などの民間療法に患者が行くのを知り、鍼灸などの東洋医学を研究するために、鍼灸学校に入学し、また、高橋迪雄(みちお)の正体術(正體術)をはじめとする民間療法を研究した。

その過程で、伝統的に行われていた治療法にヒントを得て、操体法 という画期的な健康法・治療法を確立した。

学問的には宮城教育大学の川上研究室などで理論付けと実証研究がされている。仙台の大学には操体法研究会を設けるところも多かった。



当サイトで、無痛全身整体とかゆる操体整体、あるいは単にゆる操体と称しているものは、橋本敬三博士創始の操体法のことです。

世の中で操体法を知らない人が、操体法を探すはずはありません。整体法を探しているはずです。世の人に知ってもらうべく、全身整体とか全身ゆる操体整体、操体整体ということばを使用しています。

無痛全身整体・ゆる操体整体・操体整体なる二つの用語は、ゆる操体研究会、SOG操体整体技研学院が創案した商標であって、橋本敬三博士が使用されたことはありません。



橋本敬三医師の操体法の特徴

具体的には、痛みやつっぱりを感じるとき、痛い方向・つっぱる方向から、痛くない方向・つっぱりを感じない方向にゆっくり動かし、最後にすっと力を抜くと歪みが解消されるという方法を採る。



初期の理論(著書に詳しい)では、客観的に骨格構造を観察して、運動系の歪みを修正(治療)することを主題としているのが特徴。

その後、客観的な見方を離れ、個々人の内部感覚(快・不快)にもとづいて、生体のフィードバック機能を洗練させることが重要であることをより強調する形になり、現在ではより質の高い快適感覚を「からだ」に聞き分け、味わうという感覚分析をする操体法をする人たちも出現している。


操体整体法の本部・流派など

創始者橋本医師が、本部とかの管理組織を作るのは好きでなかったようで、そういうこともあり、仙台の温古堂おんこどう(故橋本医師の治療院)が一応操体法の本部的存在になっていますが、象徴的存在にすぎず、未だもって、本部組織は操体法には存在しません。
そこが操体法の良いところです。

年に一度、操体バランス運動研究会と題して、仙台などでシンポジウムが行われています。医師や治療家を始めとする、医療界の専門家や学者などが学術的な発表もされています。
どなたでも参加できる研究会です。
操体バランス運動研究会の様子



また、操体法も、原理をしっかり理解すれば、独自に発展することもできます。
ですので、治療家は原理原則の上に立って、表面上の形式はそれぞれに独特な型を作り上げているのが現状です。

言い方を換えると、パッと見ただけではそれが操体法とは分からない治療家も沢山います。説明がないと操体法を知っているものでも、操体法と分からないのです。

たった指一本を患者に当てて治療する操体法治療家もいるのです。



オリジナルな操体法(発展形)を創りだすということも評価されるべきことですが、元の操体法の型を習得していることが基本になります。
当会、ゆる操体研究会では、まずは橋本医師の残された基本形や応用型(約60種)を学ぶことになっています。

そのあとは、みなさんの創意工夫でそれをさらに進化させることもできるかもしれません。

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